手すりが熱い

好きな人と触れ合うことにしかやっぱり意味がないしなんかこう切実になりたくはないけれどどんどん切実になってしまう。
離した瞬間にだけ思い知らされる温度にいつも心ばかりが突き放される。もうずっと触っていられたら、そんなことがもし苦痛でなければいいのに。熱くなった手すりはうっとうしい。私が考えてることとか言いたいことってやっぱりそれくらいで、声を大にして言うようなことでもない。なんて言うのは消極的すぎるのか。
嫌いとか、つらいとか、やめろとか、そういうものからとことん目をそらしていられるように生きてきたから、見ないように、なかったようにすること以外の発散方法がない。そういうことをちゃんと声にすることができたらよかったのに。本当は嫌なはずなものも、頭の中できちんと無効化されるように無意識のうちにシフトしていく。だから楽しいこととか気持ちいいことにしか興味がなくて大切じゃない。そういうものしか見れない。そんな気がする。
でも一緒にいたい気持ちはほんとだよね。
嫌いなものがとことん見えなくても好きなものはちゃんと見えてるし、つきつめればなにかあるのかな。たとえほんの少しだけでもいいから我慢してばかりじゃない自分を出せる人がいるからちょっとは気楽に喜んでいようかな。