好きなバンドの解散ライブは見たくないけど好きな人が死ぬところはちゃんと見てないといけない

みたいな感じ。

終わってゆくものがこの世で一番大嫌いで、恋も友情も映画もマンガも小説もテレビもライブも終わる瞬間がものすごく嫌だった。

ああ、これもやっぱり終わるのか、終わらないものはないのか、と思い続けながら24年間生きてきた。

あと数日でわたしは25歳になる。なんとなく、区切りみたいな感じがする。何を区切ればいいのかわからないけれど、なにかを区切らなければ、みたいな気持ちになる。

自分でちゃんと終わらせる。そういうことができないといけないのかな。

終わってゆくのが嫌で、終わってゆくものをちゃんと見てこなかった。目をそらし続けた。その結果の25歳の自分。

今回こそはちゃんと終わらせないといけない。いけないことはないんだけど、ちゃんと終わらせたい。終わって欲しくなんかないけど、絶対の絶対の絶対の絶対に嫌なんだけど、どうしようもない。わたしには何もできない。悲しすぎるけど事実だ。好きな人が苦しんでいるところを、見つめたり声をかけたり想ったりすることくらいしかできない。苦しいことをわたしは絶対に取り除いてあげられない。でもそういうことばかりなんだろう。今まで生きてきてやっとわかったような気がする。

ちゃんと見つめて、ちゃんと終わらせたい。好きな人が死んでゆくところをちゃんと見つめたい。

好きなバンドの解散ライブって、もしかしたら今まで一度も見てこなかったんじゃないかな?

見なかったら終わってないような気がして、見れなかった。

今もまた見れない。あのバンドもこのバンドも見れない。黙ってなくなってゆくのを見てる。悲しい。寂しい。でもしょうがない。見れない自分が悪い。

でもこれだけはちゃんと見ていないといけない。

ずっと考えていた夢がひとつ叶えられなくなってしまって、こんなにも人生に対して寂しい気持ちになったことはないくらい寂しい。未来が寂しい。

頼むから嘘であってほしいと今も思う。変わらずいてほしい。なんにもなかったみたいに前みたいに暮らしたい。もう無理とわかっても捨てられない。見せてあげたかったものはいっぱいある。頭の中はなんで、ってそればっかり。

そんな風に不安しかないけどちゃんと見ているためにがんばるしかない。人生最大の試練を好きな人を抱きしめるように愛せるかな。

簡単に言えば人生がクソつらいって感じなんだけど、感極まってポエまってしまった。

好きな人が死んでゆくところをちゃんと見つめる。25歳の目標。